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苦しみ



やはり、悟りへの道は「苦しみ」かもしれません。


でも私が何に苦しんでいたのか、
実はうまく説明できません。

ただ、存在するうえで常に
何かが私を邪魔している気がしてなりませんでした。

ただただ純粋に行動したいのに
なにか私を邪魔するものがありました。

だから常にそれに立ち向かうスタンスで
日々精進していました。

その正体がわからない邪魔する「もの」に
常に挑戦していました。



よくTK師が
「スピ系はだめだ」
と言われていますが
その意味がよくわかります。

私がスピ系をしていた時
明らかに自分の問題から逃げて
中途半端に喜びを求めていました。

「楽しいこと、幸せなこと」
それらは真実であり、
私はそれを実現するのだ!

と思ってました。


でもね、今からしたら
「幸せ~」や「楽し~」なんて言っているということは
常に「不幸」も「苦しみ」も
抱えていたことになるんですね。

そうでなければ「幸せ」なんて言えないのです。
何と比べて「幸せ」と言えるのでしょう。
比べるもの(=不幸)がなければ
「幸せ」なんて言えないんです。

そして私はその「不幸」や「苦しみ」から目を背けて
楽な幸せのみを求めていました。


私がヒットした実践は
第1と第2と第4の実践なのですが
思い出してみると
これらは常に自分のできる限りの力を使って
がんばっていたものでした。


スピ系していた第3の時代は、
表面上、苦痛はありませんでしたが
どこかふわふわして
現実感がある意味、なかったかもしれません。


スピ系していた時の思い出は
かけがえのないものであり、
楽しかったです。

ただし、それでは
私の根本的な問題はまったく解決することがなく、
「幸せ~」と言っているその裏に
「苦悩」が常に存在していました。


私は幸せについてばかりブログを書いていましたが
それに不自然さを感じた人もいると思います。

なぜなら「幸せ」と言う人には
必ず「不幸」という考えもあるからです。

幸せばかりなんてありえない、
そう感じられる方もいたのではないかと思います。

いいこともあればそうでないこともある

これは相対世界にいるなら
当たり前のことなんです。

だから彼岸に渡りたいのなら相対世界、
「幸せ」すらも飛び越えなければならないのです。


相対原理において
どちらかに思いっきり傾くと
その相対的現象が消滅することがあります。

ただしここで大切なことは、
思いっきり傾いて

「激流がおこるかどうか」

です。


ポジティブシンキングも
正しく実践していれば激流が起こり得るのですが
私のポジティブシンキングは
精度の劣ったものであり、
激流を起こすどころか
全くダメでした。




もし、師に出会えなかったら
「本物」に出会えなかったら
それに気づかず
ずっとスピしていたかもしれません。


でも「スピ系」やってた頃ってある意味、
それはそれで幸せだったのだろうか、、、?


いや、今の境地を知ってしまうと
そこから抜け出せてよかったと思います。



TK師との出会いに
感謝します。


紙一重の出来事でした。


@(*・ω・*)ポッ



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実践


私の第3の実践は
スピリチュアルもその一つでしたが
基本は

なんでも常に意識的に行う

というものでした。



この時に具体的に何をやっていたかを
すべて書いたらすごい量になるし
実はその都度精一杯やってるので
忘れているのもいっぱいあります。


だから常にがんばっていましたし
常になにかをしていました。

常に精一杯していました。


どんな時も私は「私」を休ませることなく
自分がそれまで消極的でできなかったことや
自分が「こうあったらいいな」と思う
理想の自分になれるよう
常に何かをしていました。


自分の理想に向かってできることが何かあるのに
しないのはもったいないですよ。

今できることを
どんどんやっていくべきです。


とことんやって
やり尽くしたところが

彼岸

と言ってもいいかもしれません。



「~をする」をとことん極めて
それを卒業した、という感じですかね。


だから今、私は何もしていませんが
することができます。


意志を使うことなく
できるようになりました。

意志が働かないので
私の行動は
行動そのものです。


意志を働かせることなくできるので
とても快適です。


うまく表現できませんが
今は何もしなくてもできるんです。

@(*・ω・*)ポッ






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次元


ちょっと前に次元について
掲示板に書き込みがあったので
それについて書きたいと思います。

@(*・ω・*)ポッ



よく掲示板で使われている次元について。

「次元が違う」

とはどういうことか。

(至ってる状態と、そうでない状態を
「次元が違う」と
表現することがあります)


例えばですが

長さの単位で重さは普通 測れませんね。


そういうことです。
(って何が?(笑)


至った状況は
そうでない人と比べることができない。

じつは比べるということ自体、
至ってない人でしかできないんです。

至ってしまえば
比べることを超えています。

言い方を変えたら
比べるものがないのです。
(なんもないから・対象が消滅しているから)

比べるものがある人と
比べるものが元々ない人を
同じ単位で測れるわけがない。

比べるものがある人(=至ってない人)が
至ってる人と至ってない人を
比べること自体、
比べるものがある次元ですから
その行為自体、至っていない次元どまりで
至った状態がそんなものでわかるはずがない
ということです。

至っている人と、そうでない人は
同じ単位上ではなく
同じ直線上でもない、
ということです。


まったく違う、ということです。

それを

「次元が違う」

という例えで表現しています。



「次元という言葉より
意識のレベルという言葉を使ったらどうか?」



という提案を掲示板でいただきました。


意識のレベルって
直線上で、
上とか下とか
高いとか低いとかではかるのですよね?

「至っている状態は意識のレベルが高く
そうでなければ低い。」

とでも表現したらいい、
ということかな?



そうではないです。


そもそも至った状態は
その「ものさし」がないので
至ってない人の物差しでは測れない
ということです。

測る行為自体、
至った状態にはないのです。


私も体験していますが
至ってない状態で
(至ってない意識の状態で)
至った状態を思い浮かべても
まったく見当違いになる。

至ってない時はどうやっても
至った状態は想像上でしかない、ということ。

そしてその想像は
的を得ていません。

至ってない状態で
どうやっても至った状態は
経験できないということ。

根本的なものが違うんです。


それを例えで

「次元が違う」

と表現しています。


一言で表現できますので。

説明すると長くなるので
「次元」という言葉を使わせていただいてます。

「次元」という言葉は
例えで使わせていただいてます。

@(*・ω・*)ポッ




ちなみに至った状態は
いろんな例えで表現できますので
言葉の一つにひっかかって
大切なものを見落としてしまうことは
もったいないと思いますがね。

言葉なんて
誤解を生じやすいですから。

それより、言葉の奥にあるものに対しての
直感っていうんですかね、
それを大切にしてほしいですね。


私も至る前は
師の言葉がさっぱりわかりませんでした。

(当たり前です。次元が違うので。
そもそも理解しようとすればするほど
至った状態から離れていくのですよ。)

でもその言葉の奥にある
一貫したものを直感しました。

そして私は

「この方は本物かもしれない。
私の知らない世界が確実にあるのかもしれない。」


と直感し、
そこから先に進めたのです。


そして至ってしまえば
師と同じ次元(←これは例えですよ)ですので
師の言葉がなぜだかわかってしまうのです。


@(*・ω・*)ポッ


あともうひとつ。

確かに至れば比べるもの、測るものがないのですが
まだ比べるものがある 至っていない状態で
比べるものがない状態を真似しても
比べるものがないふりをしても
意味が全くありませんので
ご注意ください。


それよりも今、
比べるものがある状態を
精一杯生きることです。

至った状態を、真似しても
それは偽物ですので
偽物になろうとするより、
今の自分の真実を生きてください。

比べるものがある状態を
しっかり生き尽くしてください。

それが


急がば回れ


です。


偽物になってはいけません。



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「それ」


みなさま、こんにちは!

@(*・ω・*)ポッ


私の今の状況って
言葉に表すのが難しいし
表しても誤解されかねません。


私がうまく表現できないなか
初めは大先輩のTK師が
たくさん言葉に表してくださったので
「なるほど、、確かにそういう感じやなぁ。」
と思いました。

TK師はいつも
適切に表現してくださります。


そして私も掲示板にいろいろ書き込みをし始めて
だいぶ表現できるようになりました。



私はかつて
自分が何かをしようとする時
私を邪魔するものがある感じがしていました。

何かしていても
常になにか問題がある気がして
なんだか、純粋に楽しめない自分がいました。

だからどんな時も
私にとっての問題は
「それ」でした。

どんな時も「それ」があるので
何をしていても(うまく言えませんが)
純粋に行動できない自分がいました。


私の実践は

私を邪魔する「それ」に打ち勝つこと

が目的だったともいえるかもしれません。

私の実践は「それ」との勝負でした。

「それ」に逆らって
常に実践する、というスタンスでした。

私が何かしようとしたとき
邪魔する「それ」に逆らって

「それでもするのだ!なんとしてもするのだ。
私の意志がある限り。
邪魔はさせない!」


という感じでした。


どの瞬間も「それ」との戦いでした。



おかげさまで今は
それに打ち勝つことができ、
私を邪魔するものは消滅しました。


今、私を邪魔するものは
何もありません。



だから、とてもくつろいでおります。


「それ」が消滅すると
問題も同時に消滅しました。


私にとっての問題は
消え去りました。


私は「私」に勝ったのでした。


いや、そもそも
勝ち負けなどなかった。


そんな「私」なんてなくなってしまえば

「そうだったのか」

それだけです。



@(*・ω・*)ポッ





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今年もよろしくお願いします!


みなさま、いかがお過ごしでしょうか?


こちらなかなか更新していませんが
掲示板のほうには書き込みしています。



正直、書くことなんて
何もないのですが
自分の進んだ道が誰かの
役に立つかもしれません。


だから書いていくかもしれないです。


そんな感じですが
(どんな感じやねん!(笑)
今年もよろしくお願いします!


@(*・ω・*)ポッ







プロフィール

ラピ。

Author:ラピ。



ラピ。至る。
@(*・ω・*)ポッ

2013.5.13以降の記事が
至った後の記事となります。

それ以前の記事は
整頓して非公開にしました。

2006年12月から始めた
このブログ

かなりの記事があって
整頓するのが大変でした(笑)
皆さま今までも
どうもありがとうございました


*:--☆--:*@(*・ω・*)ポッ:--☆--:*:-



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