[Edit]

自分を信じること


激流とは煩悩との戦いとも言えるかもしれません。

激流は彼岸の前に必ずあり、
彼岸に渡るためには激流を通らなければなりません。

よって激流の起こらない実践では
彼岸へはたどり着けない、ということです。

私の場合は激流=「葛藤」なのですが
それに負けないほどの実践をして
至ることができました。

葛藤を無視し、それだけではなく
さらに自分の決めた実践をし続けました。

葛藤に負けず自分の決めたことを
やり遂げました。

そういった実践です。

(ちなみに彼岸のさらなる先が
涅槃だったと思います)


煩悩消滅は
煩悩を観察したり
煩悩に気づいてそれに目をくれない
という実践だけでは無理です。

煩悩だと思っているものは
実は煩悩(の大本)ではないので
煩悩に気づき続ける実践では
根本的なことを見落としてしまっています。

本当の実践とは
その気づき続ける自分を
さらに無視して
実践し続けることです。


ちなみに私の実践の始まりである

「自分を捨てて何でも心から喜んでしよう」

ですが
この「自分を捨てて」の実践を
長年し続けることにより
自分なりのあるコツを得ました。

それによってかなり私は助けられましたし
最終的な実践にもそれをいかすことができました。


何でも一つ決めたことをやり遂げることは
大きな力になります。

私の「自分を捨てて」は
自己流の不完全な実践ではありましたが
それでも自分を信じてそれをし続けることにより
私の中であるコツとして残りました。


やはり、自分を信じて
自分の善なる道を進み続けることが
大切だと思います。


そしてもう一つ、大切なことは
しっかり今生きている世界を全うすることです。

今生きている世界を後悔ないよう
思いっきり生きることです。

全うしなければ
次への道は開かれません。

ひとつづつクリアーしていかなければなりません。


あと、私に言い聞かせていた言葉です。

「大丈夫。私ならできる」

私はそうやって生きていました。


ちなみに実践は「善なる方向」でなければだめですよ。

@(*・ω・*)ポッ



スポンサーサイト

[Edit]

自我の消滅


みなさま、お久しぶりです。
@(*・ω・*)ポッ


コメント欄にて質問をいただきましたので
その答えを記事として
書かせていただきます!


(この記事へのコメントです)


ラビ。さんこんばんは。
ここはまだ見ておられるかな?
悟りというか涅槃を目指しています。
ということでバリバリ仏教徒だとバレてしまいますが。
ラビ。さんの言っておられる「至る」というのは涅槃なのか、
それではないのかがまず気になっています。
仏典では解脱した方々が「ぼる」(変換できない)
に直面したとは読み取れないので、
解脱に「ぼる」は必須ではないように見えます。

下からの実践というのもあるようですが、
自分は、上からも下からも等しい立場というのもないと観ています。
そもそも自己の本質というのか我というのか、
それがどこにあるかわからず、自他の概念が揺らいでいます。
が、もしラビ。さんの言う悟りが煩悩の消滅であれば
いろいろと参考にさせて頂きたく思います。





みっちんさん、コメントありがとございます。

まず、私は宗教用語をほとんど知りません。
(=知らなくても至れます。)

なので宗教用語についての話は
ほとんどできませんが、ご了承ください。


ちなみに私が「至った」というのは
みっちゃんさんが言われている通り
「煩悩の消滅」です。
自我の消滅とも言えます。


自分は、上からも下からも等しい立場というのもないと観ています。


至ってしまえば、もちろん
上も下もないです。

「下からの実践」は至ってないからこそできるものです。

だから私は至ってない時にはまだあった
「下から」を実践することによって
至ることができました。

至ってなければ必ず
上も下もあります。

まだ至ってない時に
「上も下もない」と言ったところで
それは単にそうしているふりをしているだけで
「上も下もない」
は至ってない人にとっての真実ではありません。

至ってなければ 確実に上も下もあります。

だからこそ、それをいかして至ることができるのです。


そもそも自己の本質というのか我というのか、
それがどこにあるかわからず、自他の概念が揺らいでいます。


自我は消滅して初めて
何が自我であったのかわかります。

消滅するまでは自我について
どんなに考えても どんなに知ろうとしても
想像止まりで
それは的を得ていません。

今みっちんさんが言っている(そうだと思っている)自我の
更なる自我があります。

みっちんさんのその「揺らいでいるもの」
それが自我です。

それが消滅することが
悟りです。

自他の概念とは単に概念であり、
自他の概念が揺らいだり
自我がどこにあるのかわからないことは
自我の消滅とは関係ありません。



プロフィール

ラピ。

Author:ラピ。



ラピ。至る。
@(*・ω・*)ポッ

2013.5.13以降の記事が
至った後の記事となります。

それ以前の記事は
整頓して非公開にしました。

2006年12月から始めた
このブログ

かなりの記事があって
整頓するのが大変でした(笑)
皆さま今までも
どうもありがとうございました


*:--☆--:*@(*・ω・*)ポッ:--☆--:*:-



 admin






カレンダー

07 | 2014/08 | 09
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -

ランキング参加してます♪

いつも応援してくださって
 (*´∀人)ァリガト

ご訪問ありがとう!

現在の閲覧者数:

カウンター

最新の記事

カテゴリー