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幸せでいいと思う


かつて私は 大変自分に厳しく
そんな私が歩いてきた道を
今ブログに少し書いているのですが
全てを書いてしまうと
すごく厳しい内容となってしまいます。


私は私以外の人に
大変な思いをさせたくありません。

「私が身代わりになって
全てを引き受けよう」

この思いで第2の実践を続けました。

みんなが幸せになれる方法を
見つけたかった。


しかし、私が大変な思いをして
至ったこの道であることも事実。

大変なことを乗り越えたからこそ
今の境地であることも事実なんです。

この境地の前に
激流があるので
この境地になるには
そこを乗り越えなければならない。



この世界で
全ての人がどんな瞬間も
幸せに生きられたらいいのに。

私はずっと続く幸せがよかった。

そしてずっと続く幸せを見つけたら
みんなと分かち合いたかった。

辛い思いは私一人でたくさんだと思った。

全ての人を代表して
私がその苦を乗り越えるのだ。
私が永遠の幸せを見つける!

なんて思っていました。


でもね、実は世の中
そんなに辛いものではないのかもしれない。

しかし私にとっては
とても辛いものだったから
みんな辛いと思っている
と思っただけかもしれない。

それとも私は欲が深かったのかもしれない。

「楽しいことも辛いこともある。
人生こんなもんよ」
なんて全く思えませんでした。

もっと完璧な幸せがいい
って思ってました。

そしてその強い思いは
私を実践へ集中させた。



私は今、
とても幸せです。

そして幸せだと言っているけど
一般的な幸せとは違い、
この幸せの境地は
それを受け入れられる状態でないと
受け入れることができない。

例えば私がまだ自分の準備ができていない時に
この境地に少し足を踏み入れたのですが
その時は大変怖かった。

今私が言っている「対象のない世界」が
まだ準備できていない時は
恐怖でしかないのだ。

今わたしの安らいでる境地が
多くの人にとっては恐怖かもしれない。

なぜならかつての私もそうでしたが
普通の人は対象を拠り所とし、
対象によって自分の存在価値を得ているからです。

そんなかつての私が
対象のない世界で存在できるはずがない。

それは誰にも当てはまること。


だから
この境地は目指さないことです。

考えてるより甘くはありません。

そしてお勧めできません。



私はみんなに幸せでいてほしいと思う。

ずっと幸せでいてほしいと思う。

そして「それで幸せ」と言うなら
そのままでいいんじゃない、って思う。



でももし、
かつての私のような人がいたのなら
私の通った道を伝えることで
何かの力になれるかもしれない。

だからブログ書いてます。

@(*・ω・*)ポッ



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集中


私の道にはいろんな段階があります。

それぞれの道のキーワードは

「自分の理想」 と 「集中」

です。


自分の理想とする自分であるよう
常にそう行動してきた
第1次実践

そして集中力を極めた
第2次実践です

そして実は第1の実践も
ある意味集中力を鍛えるものでありました。

自分の善なる道をそれない
強い決心と集中力。

私はいつの間にか
自分の善の道にとってはいらぬ声を
捨て去る力を得ました。

自分の要らぬ思いを切り捨てることが
できるようになりました。

例えば自分の個人的願望を捨てて
実践しました。
(これが自分を捨てて、という意味でもあります。
私の第一の実践は
「自分を捨てて何でも心から喜んでしよう」でしたから)

この願望を捨てることができたことは
ある意味、幸せなことでした。

なぜなら求めることがなくなるからです。


この私の得意技(?笑)は
私の長き道を助けてくれました。

よって私の道のどの段階も
「集中」することが基本となっています。


私のやってきた第1次実践の「集中」とは
自分の理想にとって
要らぬ声を捨て去り
さらに自分の理想のあるべき姿で
日々を行動していくことだった。

そして第2の扉が開いたとき
更なる集中を極める道を歩いたのでした。


密教でも「集中」は
大切なキーワードとなっていると思います。


私は集中を極め切った
と言っていい。

そして最終的には集中するものが消え去った。

集中する対象が消滅したのだ。

私は集中する実践をし続けて
最終的に
集中する自分が消えてしまったのです。


これは前の記事の
心がない、の違う表現と言えます。

「それ」は心とも表現でき
対象とも表現できるのです。


「心」がない

「対象」がない


この状態は一言では表せず、
いろんな例えで表現できます。

よって単なる言葉に惑わされることなく
自分の実践に集中することが
大切だと思います。


前にも書いたけど
私の言葉は
「ふ~ん、そうなんだ」くらいにしといて
(いろいろ思いめぐらすことは
妄想となって実践の邪魔をしてしまう)
すぐに日常に戻って
実践に集中するといいです。

自分の理想とする道に
私の言葉が不必要なら捨てたほうがいい。

しかし、
どんな実践にも
集中することは欠かせないと思います。



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心は
喜びの原因にもなるし
苦悩の原因にもなる。

(ちなみにここで言っている「心」とは
一般的に「心」と思われているものです。
「心」という言葉で
表現している「それ」のことです。)


生きていれば楽しいこともあるし
そうでないこともあるのは
実は楽しいことがあるからです。

もし、苦悩を消滅させたければ
楽しいことも消滅させる必要があります。

なぜなら楽しいことと
苦悩は表裏一体だからです。

その心がなくなれば
更なる安らぎの境地が現れるのですが
その状態はことばで 表すことはできないし
今、心を拠り所としている
多くの人たちにとっては
想像できないことだと思います。

それはなぜなら心を拠り所としているからであり
ある意味、心がなければ生きていけないからです。



(この安らぎの境地は
例えて言えば
何にも頼ることなく安らいでいる状態であり、
苦にも楽にも影響されることなく
なにも起こることもなく
常に安らいでいる状態です。
その安らぎには何も必要なく
ただそれのみ。

例えて言えば波の無い海だろうか。
しかし、実はその海すらもない。

嵐の日もあるし、穏やかな日もある
といった
移り変わる海自体がそもそもない。

心は海とも例えられる。)


もし、心を消滅(=苦を消滅)させたければ
自分が拠り所としているものを
消滅させなければならず
自分の存在の危険を感じる旅となるでしょう。

それが「激流」というものであり、
この境地にいる人が
めったにいないのは
簡単な道ではないからです。

だから現実的に考えて
普通、心を消滅させる必要はないと思います。


しかし、この喜びと苦悩が存在する世界、
心を拠り所として生きる世界で
できる限り苦を減らすことができる
生き方があります。


それは
絶え間ない善なる方向への意識と
日常の規則正しい生活です。

善の方向から外れることなく
善の方向を向いていれば
存在する苦悩はあったとしても
善の方向に切り替えやすくなります。

昔から言われている「善」とされている教えは
理に適っており
それを実践することによって
この世界を生きやすくなるでしょう。

心を善の方向に向けて
日々清らかな行いを積み重ねることにより
カルマが少しずつ解消され
少しずつ生きやすくなると思います。

それは必ず未来にもつながります。

この積み重ねは
すぐに結果は出ないかもですが
気付かぬうちに善の積み重ねの効果は
出てきますから
安心して善を積まれることをお勧めします。

私もそこから始まっていますので。

そのためにも
理想を夢みて何もせずに過ごすより
何か一つでもいいからできる善なることを
積み重ねていくといいと思います。


ヒントのひとつは「子供頃の心」です。

自分が子供だった頃ってどうだったでしょうか。
思い出してみるのもいいと思います。

何もなくても穏やかな時間があったり
好きな時間があったよね。

私はその頃から実践を始めていますので
その意識で実践に臨むことができました。

まっすぐ自分を信じて
進むことができました。


大人になると知識が増える分、
あれこれと考えちゃうんです。

その知識の一つがスピ系の知識。

使えるものもあるけどもそうでないのもある。

自分の善なる理想に向けて
がんばろうとする自分を
遮る知識は
ほぼいらないと考えていいと思います。

スピ系の知識が
自分が何もしなくていいという理由となるのなら
それはいらない知識です。

善なる行いをしようとするとき、
それについてあれこれ言い訳したくなるのなら
その知識はいらない。



@(*・ω・*)ポッ




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精一杯


みなさんこんにちは!
@(*・ω・*)ポッ


私の書いていることについて
または私について
いろいろ判断したり
評価したりすることは
その行為をしている人に
その行為が起こっています。

ただそれだけです。

何のために私を評価しているのだろうか。

私を評価することが
その方の生活の役に立つのだろうか。

意味がない。



私の書いている言葉を
必要とされている方がいたら
どうぞ、使ってください。
そしてそれがその方の生きることの
お役に少しでも立てたら
うれしいです。

しかし、人それぞれなので
私の方法が合わない方もいらっしゃると思います。

そういう方は
また別の道がいいですね。

私のかつての道は
自分なりに精一杯生きる道です。



私の書いている言葉に
反論があるのなら
私に反論しても意味がないので
どうぞ、私の言葉は捨てて
自分の日常を生きてください。


気に入ったら使っていただき
気に入らないのなら捨ててください。


ただそれだけです。


ちなみにかつての私には理想があって
その理想を現実的に生きました。
(何度も書いてますね)

空想して終わったり
今いる環境に文句を言って
そこから逃避するために理想論を語ったりするのは
大変もったいないことです。

少しづつでいいので
今できることから始めて
それをずっと続けるつもりでやっていたら
気づけばかなりのことができるようになっているはずです。

本とか鵜呑みにしないで
自分が「そうかも」と思ったら
実際やってみました。

本による知識を得て満足するのではなく
その知識を実際に使って
いろいろ試してみました。

私はそうしました。

せっかく人として生きてこられたのだから
後悔ないよう
自分なりに精一杯私は生きました。


ただそれだけです。

@(*・ω・*)ポッ




プロフィール

ラピ。

Author:ラピ。



ラピ。至る。
@(*・ω・*)ポッ

2013.5.13以降の記事が
至った後の記事となります。

それ以前の記事は
整頓して非公開にしました。

2006年12月から始めた
このブログ

かなりの記事があって
整頓するのが大変でした(笑)
皆さま今までも
どうもありがとうございました


*:--☆--:*@(*・ω・*)ポッ:--☆--:*:-



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