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体に感謝

人にとって体の存在は感謝です。
体は人を守ってくれているんです。


私が激流の時は
体の存在が消えかける時が何度もありました。
(これはまじめに実践すればそうなる)

これはまだ自我があった時の「私」を
守ってくれるもの(体)がない状態で
「何か」に引き裂かれることが何度もありました。
(激流時)

(その「何か」は決して言葉に表せないし
説明してはいけない。
説明したとたんにそれは「何か」ではなくなってしまう)

激流の状態は
言葉で表せるようなものではないのですが
たとえて言えば
自分と他の区別がほぼない状態で
それでいてまだ「私」が残っている状態です。

まだ私が残っているから
引き裂かれようとする状態が普通は怖い。

しかし、もしこの激流で自分を守れば
激流は終了となり
道は閉ざされます。

(守る自分がいたら=守ったら
自分が消滅するはずがない)

激流でも自分を守ることなく
恐怖であろうとなんであろうと
自分の決めた道をしっかりと進む、
「私」を守ることなく。

そして恐怖を感じることなく。

(ここで大切なのは
恐怖すらも感じる時間もないくらい
実践に集中すること。
恐怖は感じてはいけない。
恐怖がやってきても
これは恐怖だと言ってはいけない。
そんな隙を与えてはいけない。

私が実践中経験した恐怖は
経験していない。

恐怖はあったかも、だが
経験はしていない。

怖かったかも、だが
怖がってはいけない。

例えていえば、ですが)


もしかしたらこの世の中に
激流と言われる状態を経験した人は
結構多いかもしれません。

しかし、それだけではだめで
激流を渡り切らなければなりません。

渡り切ったらわかります。
それまでとは全く違う世界ですから。

激流が終わって元通りになってホッとする

これではまだ渡り切っていません。

ちなみにこの状態で悟ったと勘違いしている人
これまた割と多いかもしれません。

例えば光の世界を見ても
すべてが一体となった経験をしても
激流が終わっても
元の世界に戻ったら
その経験は単なる経験であり
悟ったわけではない

世界と一体となった経験をしたことがある
と言える状態は
今は世界と分離していますから
その過去の経験は運よく経験できたものであり
それを経験したからと言って
悟ったというのは違うのです。

ずっと変わらなくその状態が続いて初めて
悟ったと言える。
(これは例えです。
でも今悟ってないことがわかる
わかり易い基準です)


話は戻ります

激流時に自分を守ろうとする気持ちが
少しでも働いたら
例えて言えば
私と他を区別するのに必要な体の存在は
消滅いたしません。
できない。

悟りとは自我の消滅であり
自分と他の区別がなくなることですから
「私」が「恐怖」から自分を守ろうとしては
私と恐怖の境目は存在したままです。

私の場合ですが、
自分の決めたことを黙々として
恐怖が起こってもそれに負けず
淡々と実践し

しかし淡々と言っても大変でしたが。

そして恐怖と戦うこともいけない。

戦う相手がいてそれと戦っては
その相手は決して消えない。
存在する。

戦うことなくして勝つ。
そして結果的に勝つことなく悟る。(笑)

それは戦うことではなく
それ以外の方法を実践し
結果的に勝っててしまう道を歩くのです。
〈何度も言っていますね!)


私はここで「ラピ。」と名乗っています。

今私にはある意味、
例えていえば体があります。

私には体はないのですが
私以外の人には見えます。
(変な言い方ですが)

よって便宜上「名前」を使います。

私は(この「私」も例えで使っていますが)
ラピ。ではありません。

日常の本名も
便宜上使っていますが
私はそれではありません。

そして私でもありません。

しかし、体がある人にとって
私と私でないものとの区別は必要であり
そのために名前が存在します。

また体があったことにより
微妙に記憶もあります。

体に残っている、という感じで
私のものではありませんが

だから激流時の名残もたまに出てくるし
ちょっと前の出来事の記憶も微妙に残っているし。

しかし、それはもちろん
単なるそれで
そうである、ということではない。


悟れば
わからなくなるもわかるもなく
残ることなく残りものもない

そもそも「残る」、「残らない」という状態自体が
存在しない。


人は自分の記憶のおかげで
自分というものがわかる。

そして記憶がなくなることを恐れる。

悟れば記憶自体
必要ない。

記憶によって保たれるべき私がないからである

記憶が必要ない、とも言える

そもそも記憶ってなんだ??


書けば誤解を受けるかもですが
例えで書けばこんな感じかな。



体があることは感謝すべきことである。

体があるんだから
思い切り人として
精一杯頑張ろう。

それができる、ということは
素晴らしいことである。

人にとってそれは当たり前かもですが
それが当たり前でない世界も存在するんですよ。

人として体が存在する
この状態だけでも尊い。

それだけでもかなり運がいいんです。

そしてぜひとも
善なる道を

そして全なる道を


どうぞ、人を全うしてください
善なる道で

必ず善なる道で。




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本当にいい人

かつて私は
本当に「いい人」になりたかった

それを心から望み
どうすればそうなれるかを
自分に問い
得られた結果を行動に移しました。


「いい人」が存在するとき
いい人とそうでない人が存在します。

なぜなら
そうでない人がいなければ
いい人がどういう人かわからないからです。


私はそれをわかっていました。

いい人になりたい
と言いながら
そうでない自分が存在しているのを知っていました。

よって自分の実践の中で
「喜んで」の実践だけでなく
いい人でない自分を「捨てる」実践も付け加えました。
(捨てようと思って捨てられるものではないけど
あきらめなければいろんな形で
それが叶います)

結果的にいろんな方向から
この実践はうまい具合に働きました。


ちなみに私は何かの本を参考にして
この指針を決めたのではありません。

理想の自分を目標にし
どうすればそうなるかを
自分なりに考えた指針です。

結果、どこかの偉い人が言っている方法と
似た形になっているかもですが
(似てないかもですが)
私はそのどこかの偉い人の言葉は参考にしていません。

自分が本当にそうなりたいと望めば
道は開かれ
開かれただけではそれはダメで
日々の行動が大切なのです。


私の実践は
周りから見たら変だったかもしれません。

いや、変だった(笑)

「いいなぁ。悩みなさそうで」
と言われたこともある。

最高の褒め言葉ですね。
(しかし、その当時は
なぜそう言われたのかわからなかったけど)


もちろんいい人でない自分が常に存在していたので
その頃、実践自体完璧ではなかったですが
失敗してもあきらめず
常に自分の理想に向かっていました。


この実践中、
いろんなことがありました。

一言ではもちろん表せないし
人に伝える必要もないと思うのですが。
(誰も聞いてないよね(笑)

みんな自分自身が主人公で
自分にしか知らないことがあります。

私は表でいい人
裏ではそうでない人
という在り方も許せませんでした。

そして自分の理想に対して
人に押し付けることもありませんでした。
(自分がこうあるべきで
よってみんなもそうであるべきだ
と思ったことはありません。
あくまで「私が!」でした。)

どんな時でも喜んでをしている私が
うっとおしいと思う人
理解できない人
いろいろいたと思いますが

実践中はそんなこと考えたことも
なかったですが、、、。

迷惑をかけた人もいるかもしれない。
申し訳ありません。

しかし、私の理想を貫かせさせてくれた
周りの人々、環境、その他いろいろに
感謝いたします。


そのおかげで今があります。

予想もできなかったこの展開。


はい、予想内であれば
その予想する自分を超えていませんので
そんな結果ではまだ
予想する自分が存在しています。

自我はまだある、ということ。

自我消滅の状態は予想できない。

その自我消滅を予想する自分が
予想できる自我消滅であるのなら
予想する自分が存在している状態の
自我消滅の予想です。


@(*・ω・*)ポッ




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能力開発について

私はかつて
能力開発の実践も行っています。
(それが第2と4の実践につながっています)

具体的に何をしたのかというと
「チャクラの開発」と
「大周天」「小周天」です。

今の私からしたら
これらの実践は同じ類のものです。

体のある部分を意識して行うものだからです。

例えばチャクラなら
体にあるといわれているチャクラの部分を
意識して実践すると思います。


チャクラについていろんな情報がありますね。
色とか光とか
あとチャクラに対するそれぞれの模様というか
イメージがありますよね。

チャクラ開発に関しては
私流の方法でやりました。

色やイメージは最終的には必要なかったです。

そのチャクラをイメージして瞑想って方法も
あると思うのですが

しかし、色とかイメージとかは
実は人間レベルのもので
チャクラを悟りにつなげるのなら
=人間を超えたければ
ご存知の通りそれを越えなければなりません。

光もイメージも対象であり
その実践はそれを感じるからこそできる
対象に頼った実践です。

その対象を超える方法が私の方法です。

しかし、私の実践は
いろんなものをぶった切っているので
伝えることはできないのですが
(そして簡単に伝えることができない)
言えることは
チャクラに対する色やイメージは
それを得て
そこで止まってしまえば
それ以上は進めない
=それ以上のものがあるということです。


そもそも能力開発は
対象がある者が欲しがるものであり
かつての私もそうでした。

能力開発は悟りとは方向が違い、
いや、能力開発を超えれば
悟りの道が始まるかもしれませんけど、、。

よってチャクラ開発を目的にしたとき
(または能力開発目的にチャクラに働きかけること)
光が見えたとか、
イメージが見えたとかでは
悟りを目標とする人にとってはまだまだの段階です。

そしてその途中で
なにか能力が開発されたとしたら
それはエゴがある場合(=普通の人)
エゴが増幅する機会となり
下手したらよくない方向へ行く可能性があります。

もしいい方向へ行ったとしても
いつかその能力にも限界を感じ
その能力を捨て去る時が来るでしょう。

どんな能力も
永遠に続けば
必ず飽きてくる。

能力というものを得たら
失うときが必ず来る。

得れば必ずそれは失われるのです。

(=よってもちろん
悟りは何かを得ることではない)


瞑想していて
何とも言えない幸福感が沸き上がって
「これだ!」と
それが悟ったことだと勘違いしている人

瞑想しているとまばゆい光に包まれた
=悟りと勘違いしている人

自分が無限に広がった感覚を得た
=悟ったと勘違いしている人

天から導きの声が聞こえた
=悟ったと思ってそれを生かすために生きると決心する人
(いると思います)

いろんな「悟った!」の勘違いが
いろいろあると思うのですが、、、。

共通して言えることは
それらの状態は長く続かないということ。


「人のために生きること」は
素晴らしいのですが
「自分は悟った」と勘違いすること
悟りから離れてしまっています。

それはまだ悟りの道のスタートに立っていない。
しかし、その経験が必要な人もいるので
間違いではないけど
少なくとも悟りの道のスタートには立っていない。

悟りの道は単純なのですが単純ではないので
いろんなことを経験したほうがいいこともある。

いろいろ経験して
捨て去るべきものがわかり
(自分の捨て去るべきもの、
これは自分にしかわからない)
ついに悟るのではなく
悟りの道が開けるのです。

そう、やっとこれでスタート地点に立つことができる。


だから生きることが大切。

一生懸命生きて
または自分の志を叶えるために奮闘して
自分を生きるためにがんばって

そう生きた人は
そう本気で生きた人には
きっと悟りの道が開ける。

まずは人として自分なりに生きなければ。

それができなければ
悟りの道を歩ける資格はない。

なぜなら悟りの道は
それまで頑張って生きてきた人の「意志の強さ」
が必要だからです。

意志の強さは
人としてきている中で成長します。

例えで書きますが
極限レベルの意志を持った人が
悟りの道への扉を開くことができ
その極限の意志で歩いていくことができるんです。



余談ですが小周天、大周天については
なんとなくできるようになりましたが
(よってできてないかもしれない(笑)
氣を練るという作業が体の部分を
強く意識する訓練になりました。
でも私の場合、それだけでした。

なんでもある程度本などで読んだら
あとは自己流なので(普通はよくないかもしれない(笑)
小、大周天については私は何とも言えません。
(極めていないので)
ただ周天もまじめにやれば
危険を伴う可能性があるので
普通の生活がしたけば
やめたほうがいいと思います。

そして私は結果的にチャクラのほうで実践しました。

チャクラは極めまして
チャクラに関しての秘密を知っています。
(大周天の最終形も同じであろうから
予想がつきますが)

それがどういうことなのか
誰も知ることはできません。

そうならなければ
知ることはできない。
(しかし、「知る」というのも例えです。
悟れば知ることなく知っているんです。)

人から聞いて「わかった!」では
まったくわかっていないということです。

この秘密を伝えることの弊害は大きいです。
だから一般的に知られていないのだと思います。



※お知らせ
ツイッターで更新のお知らせをしていましたが
それを中止いたします。

プロフィール

ラピ。

Author:ラピ。



ラピ。至る。
@(*・ω・*)ポッ

2013.5.13以降の記事が
至った後の記事となります。

それ以前の記事は
整頓して非公開にしました。

2006年12月から始めた
このブログ

かなりの記事があって
整頓するのが大変でした(笑)
皆さま今までも
どうもありがとうございました


*:--☆--:*@(*・ω・*)ポッ:--☆--:*:-



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