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「気付く」こと「知る」ことについて


「気付く」

ということについて。



「気付く」ということは
気付いてる自分がいる、ということです。


「常に気づいている」


というのは
常に気づいている「自分」がいるということです。



そして、気付いているということは
気付いている自分と気付く対象が存在し、
そのふたつの間に分離があるということです。



「気付く」

のではなく

「気付きそのもの」



それが悟っているということです。




知ることも同じ。


知る自分と知る対象の存在があるから
知ることができる。


知識そのものになれば
それを知ることはできません。



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Comment

悟られましたか!^^
こんばんは\(⌒日⌒)/

久しぶりにお伺いさせて戴きました。
掲示板、拝見いたしました。

ボクたちがいる場所は、「分離」の場所だと思います。
本来、全ては一つで・全てがある「無」だった。
ボクたちは自ら望み、あえて「分離」の世界を創造し、そこで悲喜こもごものドラマを味わっている。

その本来意識(いわゆるゼロポイントでしょうか・・)に立ち、「分離」した自我やエゴの世界を観察することもまた、本来の神意識的立場を・心地よい立場を感じれるのかもしれません。

言葉は、言葉であるゆえに『拘束』されます。
自我とエゴの活躍場所に変わってしまう・・・。
なかなか難しいですね^^;。

でも、一度『気づき』に触れると・後戻りはしません。
かたつむりのような遅い歩みでも、真理への扉は開かれ、その道程は続くと思います。

何はともあれ、ラピ。さんがお元気で・弾んでおられるようで嬉しい限りです。(^0^)/
  • 2013-07-07│23:41 |
  • kan URL│
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e-278 kanさん コメント ありがとうございます!

おお!kanさん♪お久しぶりです!
お元気でしたか??(*・ω・*)ポッ
私は元気です~。

いろいろ読んでくださってありがとうございます!

はい、私はもう後戻りすることはできなくて
進むしかありませんでした。
とことん進みました。

そして進めないところまで来ました。
彼岸に至りました!

分離の世界は悟るチャンスの場です。
分離した世界にいれば
とことん分離することができますね。

そこで生まれる葛藤にも負けず
さらに分離し続ければ
ある日、ふと気づきます。

kanさん、味わっている自分の更なるものがあります。

悟ると、観察することができません。
なぜなら観察する私と対象の分離がないからです。

(*・ω・*)ポッ
  • 2013-07-08│08:48 |
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ラピ。至る。
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2013.5.13以降の記事が
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それ以前の記事は
整頓して非公開にしました。

2006年12月から始めた
このブログ

かなりの記事があって
整頓するのが大変でした(笑)
皆さま今までも
どうもありがとうございました


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