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幸せになれる方法


人として生きている中で
幸せであることを願うのは当然。

「幸せなんてどうでもいい」

なんて嘘だと思う。


幸せになれるなら
幸せがいいに決まっている。

自分に正直になれば
幸せがいいって思うに決まっている。


幸せになれる方法。


目標を決めること


その目標に向かってがんばるのだ。


また、人はみんなつながっている。
お互い影響しあっている。

だから幸せになれる方法のポイントは


みんなが幸せになれることを
目標とすること




そしてポイント2


目標が達成されたら
次に新しく目標を決めること




がんばっていると
いろんな自分の想いに出会うだろうけど
それに負けないで
幸せを達成してほしいです。

人それぞれ道はあると思う。
自分なりの道でいいと思う。


例えば「笑顔」

これだけでも日々実践できると思いますよ。



私は決めたらとことんで
しつこかったから(笑)
達成することができました。

自分のネガティブな想いを感じる暇なく
まっしぐらでしたね。


あきらめなければ
道は必ず開けます。


念ずれば花開くのら。



@(*・ω・*)ポッ


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Comment

和顔施
ちょうど昨日、
雑誌で『和顔施(わがんせ)』っていう言葉を知り
実践しようと思った朝に
らぴたんの記事読んで
ますますやる気出ました。

つい、できなくなるので
ほんと
がんばってみます。
  • 2014-09-24│06:01 |
  • yuko URL│
  • [edit]
No title
e-278 yukoさん コメント ありがとうございます!

yukoたん、おはよ!

実践するとき、
自分の目標とするものと
反対の想いが現れるのは
誰でもよくあります。
ある意味、普通ですよね。

でもそれに負けず、実践することが
本当の実践。

そしてその反対の想いのおかげで
実は「がんばる」ことができます。

反対の想いが
理想への起爆剤になります。

yukoたん、本当にがんばっていると思う。

いろいろ大変なこともあるかもしれないけど
今のyukoたんのがんばりは
気づかぬうちに積み重ねられていると思います。

必ずつながる。


昔の私は、
誰もがどんな時も喜びであればいいな
と思っていました。

また、自分にはその反対(喜びの反対)の想い
があるのも知っていました。

それであるなら理想の世界を思う前に
まずは自分がそうしなければ、と思いました。
(ここが私のエゴの強かったところ(笑)

そこで生まれたのが
「自分を捨てて(=今自分が持っている反対の想いを捨てて)
なんでも喜んでしよう」でした。

理想と反対の想いが自分の中にあると
知っていました。

だからこそ「自分を捨てて」が追加されました。

私は基本、
世界を変えようとかではなく、
ただただ自分の在り方にこだわっていました。

自分が理想の世界にいるなら
自分はどうするだろう。

そして喜びの反対の想いなんて私にないはずだ、
理想の世界なら。

いろいろ考えて考えた末に
私の第一の目標が決定しました。

「自分を捨てて なんでも喜んでしよう」

この実践で受けた恩恵はかなりあります。

善に向けた実践は
気づかぬうちに
恩恵をもたらしてくれます。

それが今につながっているしね。

yukoたん、今日も充実した一日でありますように!
@(*・ω・*)ポッ
  • 2014-09-24│07:44 |
  • ラピ。 URL│
  • [edit]
こちらに質問してもよろしいでしょうか?
こんばんは。はじめまして。
先日からこちらのブログや掲示板を拝見しております。
正直その恐るべき内容に驚愕しております。
ネットを数年徘徊しておりますが、
未だかつて遭遇したことのない内容です。
掲示板の書き込みは終了しているようですが、
もし質問があればこちらに書いてもよろしいでしょうか?

「至る」とは彼岸に至るということで、
悟る(無我になる)ということでしょうか?
至るには命懸けで捨身(飛び込む)する以外にないのでしょうか?
あなたやお師匠さんのような実践をやり遂げられる生身の人間は
おそらく日本でもごく少数(100人位?)かと思われます。
この末法の世、現在無数の老若男女が精神的に極限まで追い込まれております。
正邪善悪が逆転されているのですから、
心優しき純粋な人ほど地獄を見る世界です。
そのような生き地獄の只中にある衆生が、
さらに地獄(捨身)の修行をするのは無理があるように感じます。

長期の孤独と絶望と生き地獄と辛酸を嘗めつくしてそれを通過したなら、
「一切を諦める」、「自分を捨てる」、「脱力する」、「明け渡す」、「生きながらに死ぬ」、「この世に死ぬ」、「心身の一切の毒を出し切る 」、「生きながらに枯れ木となりミイラとなる」…
このように無為、無心、脱力に徹するということも
逆に実践とは言えないでしょうか?

虚数とは言え仏法にも八万四千の法門があると言います。
この恐るべき抑圧と理不尽の末法の世の中、満身創痍の病める万人に実行可能
な道はないものでしょうか?
本当に病んだサイコパスの勢力がいよいよ勢力を増し、
大手を振っているからここまで膨大な難民が生まれるのですが…
しかも社会からは隔離され、隠ぺいされ、断絶されたままです。

改行の仕方、今一つ分かりません。
長文、失礼しましたv-283



  • 2014-10-13│22:02 |
  • 迷いねこ URL│
  • [edit]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • 2014-10-14│22:13 |
  • [edit]
No title
e-278  迷いねこさん コメント ありがとうございます!

ようこそいらっしゃいました。

はい。
至ると私が表現しているのは
彼岸に至ることです。
エゴの消滅です。

>このように無為、無心、脱力に徹するということも
>逆に実践とは言えないでしょうか?

お釈迦さまも彼岸の前には激流があると言われています。

もし、無為、無心、脱力を実践して激流を起こし
至ることができた人がいれば
その方にそのお話を聞くのは有益だと思います。
私も聞いてみたいです。

>「一切を諦める」、「自分を捨てる」、「脱力する」、「明け渡す」、「生きながらに死ぬ」、「この世に死ぬ」、
>「心身の一切の毒を出し切る 」、「生きながらに枯れ木となりミイラとなる」

これを実践とするなら
少なくともその実践をするきっかけとなった出来事に対して
例えば「逃げる」という意識や思いが
ほんのわずかでも働いてしまうとだめです。

ここは表現するのが難しいのですが
実践をして「そうならざるを得ない状況」にもっていくことがポイントです。

結果的にそうなった、と言うのがいいです。

「自分を捨てる」も
捨てようとするのではだめで
結果的に捨てていた、という方向性がいいです。

「捨てる」のを目的にすると、本当の意味で
捨てることはできないでしょう。

よって「脱力する」、「明け渡す」、「生きながらに死ぬ」、「この世に死ぬ」も
そうしようとしても実際そうなることはなく
精一杯の実践によって気づけばそうなっていた
=至った
というのがいい方向性です。

>心優しき純粋な人ほど地獄を見る世界です。

そうですね、わかります。
そしてそれが実は実践となります。

例えば心優しき純粋な行為をバカにする人がいても
本当にそれを実践とするのなら
そのバカにする人はおいといて
さらに実践するのです。

誰になんと言われようとも
自分の決めた善なる道を歩く、ということです。

それがかつての私でした。

実はこの実践、
いつのまにか恩恵を受けています。

私は実践中、自分を捨てて実践していたので
実はその「地獄」に気づくことができませんでした。
ある意味「バカ」でした。

今思い出すと、私をバカにしていた人もいたと思います。
変な人だったかもしれません。

でもそれを気にする暇もないくらいでした。

きちんと善なる道を実践していれば必ず恩恵があります。

「恩恵なんてない!」と言われている方も
実は当たり前と思っていることに恩恵があるのですよ。

当たり前にあるから気づきにくい。

私は実践中は恩恵に気づくことができなかった。

至ってから初めて「そういうことだったのか」
とわかったんです。

>満身創痍の病める万人に実行可能
>な道はないものでしょうか?

自分にとっての善なる道を歩くことは
一つの道だと思います。
自分を信じて進む。

いろんな傷を負っている方もいらっしゃると思います。
いろんな大変な想いを経験した方もいらっしゃると思います。

でもそれは、例えば自分に理想があって
それを打ち砕かれたからかもしれない。

それとも、精一杯頑張ったけど無理だった
ということもあるかもしれません。

傷だらけの時は無理は禁物ですが
少しずつできることからやっていけば
いつかはいろんなことができるようになっていると思います。

今の自分の精一杯でいいと思います。

それが最も清く美しい姿だと私は思うのです。

彼岸なんて目指さなくてもいい。

今を自分なりに後悔なく生きること。

それが最も清く美しいと思います。

ちなみに私も彼岸を目指したんではないんです。
(目指すと至れない、、、。)
自分の限界に挑戦していると
気づけば彼岸にいたんですよ。

いつの間にかそうならざるを得なかったのです。

ということは、彼岸を目指すことは置いといて
今の自分なりをしっかり生きていけばいい、ということです。

がんばれない状態の方もいるかもしれない。
それでも少しのことでいいので
自分にできることを見つけてそれを少しずつしていけば
いつかはそのスペシャリストになれるかもしれません。

「自分の価値ってなんだろう」

それが第2の実践のきっかけでした。

自分の生きている意味、価値を得るため
実践を始めたのです。

それが自分の限界の挑戦となりました。

コメント遅くなってごめんね。

@(*・ω・*)ポッ
  • 2014-10-14│22:18 |
  • ラピ。 URL│
  • [edit]
No title
ラビ。たん
お忙しいとこ、懇切丁寧な返信、
とっても感激したですにゃん v-283

>もし、無為、無心、脱力を実践して激流を起こし至ることが…

というより、オイラも含め、
現在極限まで追い込まれている衆生のほとんどは
日常の艱難辛苦そのものが激流を起こしているんだと思います。

まっ、今のオイラにゃまだ難しいけど、
貴ブログ&掲示板から勉強してみますにゃん。
キーボード打つには不自由な肉球だけど、
頑張ってまた質問してみますにゃん!






  • 2014-10-15│05:00 |
  • 迷いねこ URL│
  • [edit]
No title
あっ、ラビ。たんじゃなく、

ラピ(rapi)たん

だったにゃv-283
  • 2014-10-15│05:04 |
  • 迷いねこ URL│
  • [edit]
No title
☆迷いねこたん

激流が起これば
ある意味チャンスらよ。

迷いねこたんの肉球、
それが迷いねこたんの力になるかもね!

にくきゅう万歳!

@(*・ω・*)ポッ


ラピ。より!
  • 2014-10-15│07:36 |
  • ラピ。 URL│
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ラピ。至る。
@(*・ω・*)ポッ

2013.5.13以降の記事が
至った後の記事となります。

それ以前の記事は
整頓して非公開にしました。

2006年12月から始めた
このブログ

かなりの記事があって
整頓するのが大変でした(笑)
皆さま今までも
どうもありがとうございました


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