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都合のいい解釈

よくこのブログで
「善なる道を」
と言っていますが
この「善」の基準は
人によって違うかもしれません。


しかし、、、。
確実に「善」でないものを
「善」であるとし
それを実行(実践)している人が
たまにいることもわかりました。


「相手のため」「みんなのため」
と自分に言い聞かせ
一般的に善でないことを実行すること

これには何が隠されているのでしょうか。


さて、善の基準ですが
例えば自分が「これは善である」として実行したものが
本当に善であるのなら
その実行したものを
自分がそうされて「善」だと思えるか?
ですかね。

またその善なる行動を
自分が本当に大切に思っている人に
できるか?


また「言葉」なんですが
私が至る前に
そして今も
どうやっても口に出せない言葉があります。

その言葉は
例えて言えば善ではないからです。

自我があった時はもちろん
善悪の判断があるので
悪の言葉を使うことはできませんでしたし
それを発する自分を認めることはできませんでした。

至った後も
かつての私のような
善悪の判断がある人にとって
善くない言葉はつかえない


今は意味がない言葉を
使うことができますが
それでもなかなか荒い言葉はつかえません。

使うとしたら
そういう言葉を発する人に対して
そのままそっくりお返しするくらいですかね。



自分の都合により
「これは善だ」として行動することは
良くありません。
(当たり前ですね)

善でないことを善であるとした人、
善だと思いこんでした人は
それを永遠に続けるでしょう。

なぜならそれが「いい」と
思い込んでいるからです。
(自分にそれは善だと言い聞かせている)

それをやめる時はいつでしょうか?

「よくないんだ」とわかってからではないでしょうか。

よくないとわかると
自分は一体何をしていたんだろうと
思うかもしれない。

この時の罪悪感はすごいものでしょう。
それを背負わなければならない。

またはずっと善であるとして
続けるかもしれない。

どっちにしろ
「善」という「思い込み」とは関係なく
自分がしたことは
そのまま自分に返ってきますので。


そして善でないことを
善なるものとしてしていた人には
自分に起こる出来事の意味がわからない。

「自分はいいことをしてきたのに
この仕打ちは何?」と。

(そもそもこの「いいことをしてきたのに」
と思う時点で
まだカルマの中なので
この人はまだまだ善を為すべき人です。)

そしてそうされた現象に対して
理解できず
そういった出来事に
「それは悪い」というでしょう。

それでもその判断はおいといて
引き続き善でないことを善であるとして
し続けたなら
ちょっと、困った人ですね。

まぁ、これこそ
永遠に続く輪廻と例えられるでしょうか。

自分がしたことと
起こっている出来事の
関連性を認めなければならない。

そして反省し
やり直さなければならない。

それがわかり反省し、
もうそれはやめよう、と決心できた人が
本当の善なる道を歩くことができます。

そう決心した時点で
ぐるぐる回っていた輪の中から
一本の道ができます。

もう回る必要はないし
回りようがない。


都合よく善だと解釈して
行動する人は
同じことが自分に起こった時
「善だ」と言えるのなら
善なのでしょうかね。

ではそういう場合、
その自分に起こった出来事すべてに
善であるとし
善に見えなくても
感謝しなくてはなりませんね。


今自分が善なる行動をすると決心し行動し
しかし、
善に見えない出来事が起こった場合、
自分が善なる行動をしていたのなら
起こる出来事は善であるはずなので
感謝でしょう。

昔のカルマとして起こっている
どう見ても善でない出来事に対して
感謝し
さらに今の善なる道を歩くこと。

それが善の積み重ね。

カルマは解消され
そのうち本当に善しか起こりようがない状態になります。

善に見えない出来事に対して
どう対応するかは
次に続く答えとなります。

それに対する行動を
いろんな形で必ず受け取ります。

よって善を積み重ねたほうが
いいに決まっていますね。


しばらく大変な経験を
善なる道を歩いているにもかかわらず
する人もいるかもですが
あきらめないでください。

善は必ず報われます。

善も悪も
そのまま自分に返ってきます。


善の積み重ねにより
悪が存在できなくなり
そうすれば善を求めることなく
そうでしかなくなるでしょう。

根気のいることがあるかもしれませんが
善なる道は
途中に起こる善でないようなことからも
ある意味、守られています。

私がそうでした。

私も実践中、
いろんな出来事がありましたが
善でかわしました。

「いつか笑える時が来るから大丈夫」

そしてその出来事の記憶は
今は他人事であり、
今の私に影響を及ぼすものではない。

それはその出来事が起こった時
自分の外では出来事が起こっていたとしても
私の中には
感謝しか起こっていなかったからです。
(至る前)

余談ですが
ちなみに今は
その過去の出来事を
感謝でかわす必要さえないです。

そういうものが無いから。






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