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苦を切り捨てる

人は基本
悟る必要は全くないと思います。


この人の世の中
楽しい事いっぱいありますし
充実した時間を過ごすことができる。

自分が決めた目標に向かってがんばり
それが叶ったときの達成感!

素晴らしいですよね!

悟りなんて必要ない。


しかし、人として生きている時
壁にぶつかる時がありますね。

もしかしたら落胆したり
悲しんだり
そういう時もあるかもしれません。

幸せな時や頑張れている時はいいですが
そうでないとき
自分はどう生きたらいいのか
もしかしたらわからなくなる時があるかもしれません。


そんな時に役立つ言葉があります。


「今、私が感じているものに
実体はない」



悲しみ、苦しみ
そういったものは
人であるがゆえに感じてしまうものなのですが
それらが本当に嫌なら
それらを消してしまうことができる、
いや、
そもそもなかったことにしてしまうことができる、ということです。


だから苦しみや悲しみによって
さらなる苦しみや悲しみを選択しないようにしてください。

なぜ、実体のないものに
左右されてしまうのでしょうか。

実際、苦しみや悲しみの真っただ中にいるときに
「それは実体のないもの」
とは言えないこと、
多々あると思います。

しかし真実はそうではないので
実体のないものだと思えなくても
どうやっても思えなくても
自分に言い聞かせることができます。

「これは実体のないもの。
負けてたまるか」と。


悟ればわかります。
(正しく言えば、わかることなくわかるのですが)

人にとって
悲しみや苦しみなどは
発生するものであり
(悟れば発生しません)
人のものではありません。

だからそれらのいわゆる「苦」に対して
決して負けてほしくありません。

負けるときは
「負けた!」と「自分が思い込み」
それらに乗っ取られたときです。

「苦」は人のものではありません。

例えて言えば「苦」はやってきて
去っていくものです。

しかし、時と場合によっては
やってきた苦を握りしめ
さらに苦を思いめぐらせ
ついには苦になったかのようになってしまうのです。

苦がやって来た時の対処法は
いろいろありますが
かつての私の場合は、
苦を感じる前に切り捨てておりました。

よって苦が生じる前に切り捨てていたので
発生しかけても
それを味わうよりも
切り捨てることに意識を使いました。

味わうより、切り捨てる。

このことからわかるように
苦は切り捨てることができるのです。
私にできたのだから
だれもが本気になればできるはずです。

苦になる必要はありません。

もうひとつ、ヒントとして
なぜこの苦が発生したのか
考えることも有益です。

苦が発生するのには
必ず原因があります。

その原因が分かったなら
そして二度と苦を味わいたくないのなら
その原因を解決するための対策を考え
それを実践するのです。

それが私にとっての
「自分を捨てて心から喜んでしよう」
でした。

私はあれこれ
なにかを評価しようとする自分が嫌でした

何かがあれば
「これはこうだ」
といった感じの自分の心の動きが嫌でした。
(うまく書けていませんが)

だから「自分(の気持ち)を捨てて」
という目標を立てました

また、私はかつて
自分がしてもらったらうれしいことの一つに
私が話しかけた時、
笑顔で返してくれる、というものでした。

そして自分がそうしてもらってうれしいなら
まずは自分がそうしよう
と思い
「なんでも喜んで!」を目標としました。


「自分を捨てて心から喜んでしよう」

は私が考え抜いた
究極の生き方だったのでした。

この生き方に決めた理由はまだまだいっぱいあるのですが
この生き方を決めたことは
今の私からしたら奇跡であり
おどろきでした。

それは間違いなく、
悟りへの道だったのです。
その当時、私は全く気付いていませんでしたけど。
(そもそも悟りなんてしらないし(笑)

だからある意味
すごく不思議なんですけど、、、。


しかし、例えていえば
私はかつてはかなり古い魂であり
実はいろんなことを知っておりました。

そして人としての何度も生きた経験をもとに
今世、ついにやり遂げました。

かつての人生で
ある程度まで行ったことがあるようですが
その時もその結果、苦悩したことがありました

ある程度行ったときに発生した苦悩については
それまでの「道」に問題がありました。

だから今私は
「完璧な善」の道しか認めません。
それ以外は遠回りであり
必ず苦が発生いたします。

私のかつての経験からそう言っています。

その時の道はもちろん
基本は善でありましたがわがままでもありました。
だから今世での道に
「自分を捨てて」が付随しています。

よってそれが今世で活かされました。

さらなる高みへ

そしてこの人生を最後にする

という決心が
最後の道を歩く心の糧となりました。


私の歩いた道は
本当に書けば
大変険しいものでありました。

だから悟った当初、
私の歩いた道を参考に人に伝えたため
厳しい内容となってしまいました。

しかし、今思えば
そんな道、歩くのが必要な人はほとんどないようです


私が特殊だったのでしょうか。

いいえ、私はみんな同じだと思っています。

ただ道のどのあたりを歩いているか
の違いだけ。


そして私の言葉が必要な位置にいる人が
この世界に一人でもいたなら
私の書く物は有益であったと言えます。

まぁ、そもそも
有益である必要はないんですけどね(笑)


ちなみに私のかつての指針の
最も大切なポイントは
「自分を捨てて」です。

長く実行すればするほど
できるようになります。

発生する前に切り捨てる



たしか釈迦の最後の悟りのところで
悪魔との対話みたいなのがあったと思いますが
私は悪魔の声すら
発生する前に切り捨てることができました。


最後の実践に飛び込んでから
私はほぼ1日で悟りました。

その最後の実践中に発生しようとした思いは
3つほどしかなく
それも発生の手前に切り捨てたため
ほとんど発生しませんでした。
(変な言い方ですが)

この切り捨てる技は
最後の道で大いに役立ちました。


だから自分の思いを捨てて

(例えば
「嫌だなぁ」とか「めんどくさいなぁ」とか
がんばろうとする自分を
邪魔するのが悪魔の声です
それを切り捨てていき、実践するのです)

人のために頑張ることは
大変清く
後々の生き方に大変役立つのです。


皆様がどうぞ、幸せでありますように








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Author:ラピ。



ラピ。至る。
@(*・ω・*)ポッ

2013.5.13以降の記事が
至った後の記事となります。

それ以前の記事は
整頓して非公開にしました。

2006年12月から始めた
このブログ

かなりの記事があって
整頓するのが大変でした(笑)
皆さま今までも
どうもありがとうございました


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